結んで、解いて

11/23 水曜日、風もなく雨だった。部屋の窓から見える森林公園は、日に日に黄色や赤色を重ね、空を舞うカラスたちがいて、夕陽は毎晩そこに沈んでいった。

眠れない夜から覚めるのはだいたいお昼ごろで、低気圧の日は頭痛が加わって消化していくだけの日と出会う。もう随分とそんな日にしか出会えていない。水曜日もそんな風にベットから体を起こした。雨のお陰で人に出会わなくて済みそうというだけで、その日は、スーパーへ行くついでに森林公園を歩いてみることにした。

長い石階段をのぼって訪れた公園内は、誰もいない雨の世界だった。歩いていると何処からか、猫の鳴き声を聞いた気がした。あたりを見回すと、濡れたベンチの下に茶トラの猫がいた。手を伸ばして首元を撫でる。かじかんだ指先から、その子の温もりや小さな鼓動が伝わってきた。私の服に鼻を近づけ匂いをかいでいる。毛並みは野良猫のそれで、尻尾は切れ、耳の一部は欠けていた。どうしようもなく離れがたかった。

人に馴れているのは、天気の良い日には体を預ける人の手があって、食べ物をもらえることもあるのだろう。けれど、自動販売機や展望台、近所の小学生たちが植えた花壇、そのどれにも私の影が重なることはないし、そのいずれの人の影も落とさない雨が落ちていた。私に出会うまで、何を待っていたのだろう。何を聞いていたのだろう。

立ち上がって遊歩道を歩きだす。猫は私についてくるようになった。濡れたベンチの下や、木々の影に体を間借りしながら、線の細い声で鳴いていた。

猫に視線を向けないようにビニール傘越しの世界だけを歩いた。雨宿りのできそうな場所をわざと避けて、何もかもが濡れた場所を痛みとともに歩いた。カラスが大きな声を上げて飛び立った。それっきり猫の気配は消えてしまった。

公園を一周し、もと来た道であの猫をみかけた。木々の影に身を寄せ雨に打たれていた。私と目があったけれど、もう追いかけてこうようとはしなかった。

買い物を済ませ帰り着いたあと、視線は自然と窓の向こうにあった。けれど、雨に霞んだ世界を綺麗だとはもう思えなかった。歩いてきた景色を反芻した。濡れて滑りそうな石階段を、誰もいない公園を、置き去りにした猫を。傾いた夕陽は雲に隠れて、どの木もあの子が身を寄せたベンチの影と同じ色に変わっていった。