おやすみなさい

2022/10/4
自宅への帰路の途中、乗り込んだ電車内で運転見合わせのアナウンスが繰り返し流れていた。お急ぎのところ、申し訳ございません。お急ぎのところ、申し訳ございません。

運転再開の知らせと共に徐行しながら隣駅へと停車する。すでに車内は満員状態だったけれど、帰りたい場所がある人にとってそんなことは関係がないのだと、身を以て知っていた。

私はひどく疲れていた。動き出した電車が大きく揺れ、隣に立っていた男性がよろめいた拍子に、私とぶつかってしまった。咄嗟に顔を上げると、彼はスマホの画面を見つづけていた。右に左に揺られながら私はリュックを胸に抱いて、目蓋の閉じる。何も願わない。何も祈らない。

2022/10/22
数年ぶりに再会した友人とお酒を飲んだ。このふわふわとした余韻にもう少しだけ包まれていたかった。家路までおおよそ1時間と少し、ちょっとした散歩に歩いて帰ることにした。先の友人から、今夜はナントカ流星群が見れるかもしれないと聞いていたことを思い出す。

日は完全に沈んでいて、通りを走る車や人通りはほとんどなくなっていた。見慣れない景色、煌々とライトアップされたマンションホール、マンションの各階層から放たれる規則的なランプ。2階建てのお家と車庫に駐車されたファミリーカー、子供用の自転車、無機物しか存在しない光景の向こう側には、誰かの息遣いが宿っていた。

開けた場所に出るたびに夜空を見上げた。都会の空は明るいことを忘れていた。けれど、角を曲がるたびにぼんやりとオレンジ色に滲む夜空に顔を上げる。何枚か夜空の写真を撮り、どの写真にも街灯やマンションのランプが反射してしまった。翌日、友人に戦果報告にもならない写真を送ってみせた。彼女の返信ではじめて気づく。1枚だけ、ビルとビルの間に、ナントカ流星群が映っていた。

声なき声のような言葉がそこに残った。あの夜の祈り。

どうか幸せな夜でありますように。