見失ったとして。私である意味とか

児童小説『カモメに飛ぶことを教えた猫』は自分にないものを、他者にあげることなんてできるのか、そういう問いとの出会いだった。 主人公の黒猫は、ひん死の雌カモメと3つの約束をする。卵を食べないで、ひな鳥が生まれるまで大切に育ててあげて、ひな鳥が…

そんなことないのに

公共の場で、子供同士のいじめを演出し、通りがかった大人たちの反応を観察するという動画に触れて。なにも知らされていない大人たちは被害者役の子供を助け、加害者役の子供を感情的に、理性的に、道徳観を問いつめていた。 撮影スタッフによって社会実験で…

わたしとあなたの、はざま

年始からあまりにも悲しい出来事がつづいて、発作的に故郷への航空券を予約した。帰省したところで、帰る場所はとうに無いのだけれど、何故だか両親のお墓参りをしたいという想いに駆られた。 私は幽霊もご先祖も信じていない。けれど、どこかで信じていたく…

一瞬だけの永遠を語れたなら

ときおり、空に飛行機雲をみた。ある日、青い空に飛行機雲と白い月が重なっていて、昼が明るい夜なのだとしたら、こういう景色なのかもしれないと思った。 ベランダに置いていたサンダルに小さな枯れ葉がくっついていて、手に取ったそれは可愛い抜け殻のよう…

nowhere now here

涼しい夜。鈴のような虫の鳴き声が心地いい。日没の時間は半月前からおおよそ1時間近く早くなった。毎年、夏の終わりは猛烈な暑さを残すか、あるいは台風が夏を連れ去り、季節を秋へと変えていく。年を追うごとに秋は冬の姿をして訪れるが、今年はどうなのだ…

Beauty is Within you

小雨の降る涼しい夜だった。自宅から1駅分だけ手前で電車を降り、歩いて帰った。誰もいない歩道や誰かがいた街灯、規則的に灯るマンションの照明、それらを写真に収めながら歩いていた。見えているもの、見ようとしているもの、なにを被写体にしているのか自…

ともだちの定義

10年以上の付き合いになる友人がいる。あるとき、老人になってもこんな風な関係でいられたらといいね。と彼女が言った。よくある話だと思うが、私はこの手の話が嫌いで仕方がない。誰かのみる夢や想いは曖昧で、いつからかその夢や想いが私に向かうとき、な…

「忘れてもいい」って言われた気がした

もちもーち。こちら地球星日本国シロ隊員。応答どーじょー。この星はとっても平和です。どーじょー。はいっ・・・はいっ、シロ隊員、全力で悪とたたかいます。以上、交信終わり。どーじょー。『鉄コン筋クリート 1巻』 - 松本大洋 主人公のシロがどこにも繋…

「ハイチーズ」って言ったはずなのに

風邪を引いてしまった。窓を開けて空気の入換えをしていると、窓の外から郵便配達の音や、小さな子供のはしゃぐ声が聞こえてきた。咳がひどく横になって目蓋を閉じる。やってこないと知っているものを待ちつづけるのはやっぱり難しい。 坂崎乙郎のエッセイで…

砕け散るところを見せてあげない

秋に満期退職になる。春が終わるころ、会社の同僚と再会した。所属は違って何度か一時的に接点をもった程度の関係だった。休職期間中は社会保険が振り込まれていて、同僚にとっては「私が働いたお金で生かされている」そうだった。相手は冗談だったし、私も…

「ただいま」とか「おかえり」を求めた日

長年使っていた茶碗を二つたてつづけに割ってしまった。一つは実家から持ってきたもので、もう一つは誰のためのものだったか。いずれ壊れてしまう「用」の物だからと数百円で新しいものに買いかえた。朝から天気がよく、春の水と陽気で洗ったスニーカーは見…

怒られない太陽

1月末から体調が悪化しなかなか好転しない。かかりつけの医院は担当医が退職してしまい、受診のたびに違う医師との問診になった。やり取りはほとんど定形化されていて、同じ話を違う医師の顔に同じ答えで語りつづけた。 部屋の窓から景色を見つめる時間が増…

忘れさせて、忘れないで

金曜日、雪が降った。天気予報はみぞれを伝えていたけれど、朝、外に広がっていた光景は幻想的だった。しばらく忙しくしていた友人から連絡があり、久しぶりにお酒を飲んだ。彼女は医療機関に携わっていて、長期間にわたって担当していた患者さんが先日、亡…

flavor of shadows

土曜日、終電を逃してしまい歩いて帰ることにした。初めて通る道ばかりで、どの道を歩いても人通りがなく、ずっと遠くの方まで見渡せるような透明感があった。 1時間ほど歩いてコンビニに立ち寄り、温かいコーヒーを手に外で休憩する。コーヒーを飲み込んだ…

自画像

このブログを作ってもうすぐ10年になる。親しい友人に対しても弱音を出すのが嫌いで、学生だった頃も、社会人になってからも、限界に近づきそうになるとここに逃げてきては泣き言を書いていた。数記事書いては数年放置して、また我慢できなくなるとここに戻…

冷たい頬のままでおいでよ

夜をください、そうでなければ永遠に冷たい洗濯物をください 服部真里子 『遠くの敵や硝子を』 生まれて初めて歌集が一冊、本棚に並んだ。手に取った表紙の帯に上述の一首が印刷されていて、表紙をしばらく開けなくなった。 夜は以前まで眠りの予兆だった。…

どこにでもあって、どこにもない

求めるものは物語や理由で埋め尽くされていて、その良し悪しに関わらずそれを求めずにはいられない。因果関係を作り出しては、勝手に不快になったり幸福になったりしている。 数年前、もし全自動の車ができたとしても、誰も乗りたがらないだろうという話をど…

結んで、解いて

11/23 水曜日、風もなく雨だった。部屋の窓から見える森林公園は、日に日に黄色や赤色を重ね、空を舞うカラスたちがいて、夕陽は毎晩そこに沈んでいった。 眠れない夜から覚めるのはだいたいお昼ごろで、低気圧の日は頭痛が加わって消化していくだけの日と出…

病める時も、健やかなる時も

睡眠薬を飲んでも眠れない日がつづいている。目蓋を閉じることは「ありもしない日常」を夢想することだった。数年前、年末に両親の墓に花を添えるために帰省した。大晦日、ビジネスホテルの一室でひとり過ごした窓の向こうに見えた繁華街は、この世で最も遠…

眠りから覚めるために

夜、お風呂上がりにベランダの窓を開けて夜風に当たることが日課になった。窓を開けている間、月がちょうどよく見える時間帯を知った。きっかけは、先週お酒に飲まれに飲まれて酩酊しながら、虚ろな視線を夜空に向けつづけていたから。どれだけ欠けていても…

落ちた空

喪失のあとに誇らしく獲得を語る歌が嫌いで嫌いで仕方がなかった。かけがえのないと語る一方で、その関係性によっていかに自分が何を獲得したのか、かけがえがないとされるそれすら失ってもまだ獲得のほうが大事なのか私にはどうしても分からなかった。そん…

おやすみなさい

2022/10/4自宅への帰路の途中、乗り込んだ電車内で運転見合わせのアナウンスが繰り返し流れていた。お急ぎのところ、申し訳ございません。お急ぎのところ、申し訳ございません。 運転再開の知らせと共に徐行しながら隣駅へと停車する。すでに車内は満員状態…

暖かいところで眠るんだよ

郵便ポストを開けてみると迷子になった猫のチラシが入っていた。添えられた写真には、白い毛並みの子猫が窓際に置かれたクッションの上で、夕日を背にカメラを見つめていた。 仕事を終え、家路をたどる頃には辺りは真っ暗になっていた。陽が落ちた途端に人の…

座礁した船で星を見つづけた

心療内科への定期通院はきょうで最後になった。通院のたびに履いていたお気に入りの白いスニーカーは気温が暖かくなってきて、アディダスからコンバースのローカットに変えた。ジーンズをロールアップしてくるぶしを出した。いまの季節にはまだ早いかもと思…

羽化するだし巻き卵

復職して2週間が過ぎた。いつの間にか桜が咲いて、いつの間にか名残になって、知らない間にアスファルトを滲ませていた。息を止めるような覚悟で迎えた復職の日々、いまは何のイベントもなく拍子抜けするほど淡々と時計の針を動かしつづけている。お弁当を会…

『どうせなにもみえない』

一見して写真と見間違うほどの超写実的な絵画は、乱暴な言い方をするとデジタルカメラのシャッターボタン一つで代替可能に見えた。2020年、渋谷のBunkamuraで開催された「超写実絵画の襲来」という展覧会に出かけたことがある。公式サイトやパンフレットに掲…

まるで別の世界の住人

けっきょく、寒すぎてエントランスの開放スペースは利用しなくなった。自分から体調を壊しにでかけているような気がしてきた。かといって、行く場所なんてどこにもない。終日、図書館や共有スペースの利用を前提にした復職のプランはコロナ禍や近隣のロケー…

居場所を求めて浮遊する人

産業医との面談を経て、少しずつ復職に向けて準備を始めることになった。 具体的には、自宅を離れて、ある程度静かな空間の中に身を置いて、就業時間と同じ時間を過ごすことに馴れていくことが重要なんだとか。図書館の利用をおすすめされ、本が読み放題なら…

手のひらに残ったのはこれだけ

睡眠薬を服用するようになって、アルコールは一番縁遠いものになった。昨年から冷蔵庫に転がったままのワインが2本ある。もともと私はひどい冷え性で、平熱も平均値より低くい値で生活している。人は眠ると代謝が低下し、睡眠が深くなるにつれて平熱から1℃程…

極まった夜が予兆するもの

普段ほとんど夢を覚えていない。寝ているときに見る夢のほう。人は眠っているとき、レム睡眠(浅い眠り)とノンレム睡眠(深い眠り)を90分周期で繰り返すらしい。レム睡眠で夢を見て、ノンレム睡眠ですべてを忘れてしまうそうだ。休職したことと睡眠薬を飲…