怒られない太陽

1月末から体調が悪化しなかなか好転しない。かかりつけの医院は担当医が退職してしまい、受診のたびに違う医師との問診になった。やり取りはほとんど定形化されていて、同じ話を違う医師の顔に同じ答えで語りつづけた。

部屋の窓から景色を見つめる時間が増えた。冷え切った部屋のなかでソファーに横になり外を見つめていると、体から少しずつ血液が失われていくような感覚になった。

読んでいた小説に「あなたの幸せを祈っています」という台詞がたびたび登場した。なんとなくその言葉だけが目の前に浮かぶ時間ができた。

ここ数日、陽だまりが部屋にできるようになった。天気予報を見るかぎり、しばらくはこの気候がつづきそうだった。新しい春がやってくる。怖くてしかたがなかった。通院のために駅を降りると、往来のなかで季節の変化や知らない人たちの動く時間を感じた。とどまりたくないとたぐり寄せたものすべてが、そこから私を動けなくさせていった。

そばにあるのは秒針が止まった思い出だけだった。部屋の窓から温かな日が差し込み、流れる雲や、空を飛ぶ鳥が視界を通り過ぎていく。自分が変わらなければ目に見えるものも変わらない。失ったものしか大切にできるものがなかった。変化や守るための力は自分を失うたびに姿を見失っていった。

窓から見える夕日は森に沈んでいく。海に沈む夕日を長いあいだ見ていなかった。海に溶けて燃え尽きるような夕日が見たくなった。日没の時間を調べると海岸につく頃には夜になる。身支度も忘れて部屋着にパーカーとコートを羽織ってマンションを出た。川に沿って茜色の空をあおいだ。夜に近づくほど、冬と春のあいだを流れる風が体を通りすぎていく。対岸へわたる橋の上で日没の時間を迎え、目の前の光景が私を射貫いた。

ただただ、見とれていた。夕日に向かって何か語るとしたら、ばかやろーなのだろうか。部屋から外にでれた動機は夕日ひとつだった。そのひとつで胸がいっぱいになった。

とってもきれいだった。

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