手のひらに残ったのはこれだけ

睡眠薬を服用するようになって、アルコールは一番縁遠いものになった。昨年から冷蔵庫に転がったままのワインが2本ある。もともと私はひどい冷え性で、平熱も平均値より低くい値で生活している。人は眠ると代謝が低下し、睡眠が深くなるにつれて平熱から1℃程度も下がるそうだ。心療内科にお世話になり休職する前までは、ホットワインを飲むことで睡眠時の体温をできるだけ上げて、入眠作用と抵抗力を保とうとしていた。

コロナ禍になったことで、毎朝の体温測定が社内で義務化され、私は起床直後、34℃あたりを毎回うろついていることを知った。体温が35度以下になるとき、ガン細胞はもっともと活性化するらしい。両親が共にガンの家系なので、コロナ以前に、何もしなくても最後はガンでこの世を去ることをなんとなく受け入れている。

私の産みの母も、私を産んで1年経たずにガンで亡くなっている。今の私より一つ年上だった。寝たきりになった母の横で赤子だった私はよく泣いていたそうだ。母は両耳をふさぎ、この子を何処かにやって、と父に叫んでいたと聞かされた。私は親戚の家に預けられ、けっきょく母の葬儀のあいだ、私は座布団の上に寝かされていたらしい。

どうでもいいことばかりを思い出す。まぁそうなるよね。と、母を不憫に思いながら、記憶に無いせいか登場人物の一人であった現実味を感じない。遅いか早いかの違いでしかないと何処か割り切っている自分もいる。将来のことは分からないけれど、幸か不幸か、私は将来に残すべきものを何も持ち合わせていない。肉体的な接触に飢えることはあっても、生活を誰かと共有する世界はまったく想像ができない。

人間は前ぶれもなく突然死ぬ。私は私の生にまったく自信がない。予兆するように残された時間を誰かと生きることは、どこか落ちの見えた物語のように感じる時がある。ニュースやドラマやバラエティ、メディアから発信される情報は明日も生きている人間に向けられていて、明日をきょうの延長線として当たり前に横たわっている。私はそんな器用に生きられへんわ、バカ。と、ときどき部屋でひとり叫びたくなる夜もあった。その度に傍にいたのは映画や小説や音楽だった。刹那的なものでもいい。美しいものがみたい。私は私のみたいものを探し続けていた。

日の高いうちに1杯だけワインを飲んでみた。美味しいのか不味いのかよく分からない。かといって1杯飲んだところで酔えもせず、インスタントコーヒーのためにお湯を沸かす。冷蔵庫に冷やしていたチョコは温かいコーヒーと良く口に合った。しばらくすると疼くような頭痛に気づく。久しぶりに飲んだワインの所為だと察しがついた。頑張ったよなー私、と、ホットワインに口を付けていた昔の自分をなんとなく褒めてあげたくなった。